Half Moon 2 ■

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ある日,俺は先輩に誘われて,同僚達と職場の近くのパブに出かけた。
俺は実はパブなんてものに行くのは初めての経験で,
すすめられるまま,カウンターに座りビールを飲んだ。
いつの間にか同僚達のグループの一番端に位置していた俺は,
何とか話の輪に加わろうと,カウンタに身を乗り出していたが,
仕事の疲れもあって,一人で飲む体勢になってしまった。
そろそろぬるくなってきたビールをグイっとあおったとき,隣の席の客が俺の方を見た。
「あれ,駅員さん?」
そこには,俺がいつも頭の中で思い浮かべていた姿があった。
「おはようございます 」以外の言葉を彼女の口から聞くのは初めてかもしれない,と俺は思った。
彼女も既にほろ酔いだった様子で,いつも透き通るように白い肌がほんのり赤みを帯びていた。
「駅以外で会うのは初めてですね」
緊張しているのを顔に出さないように,俺は言葉を選んだ。
アルコールのおかげで,普段より饒舌になっていた気がする。
「おひとりなんですか?」
「ええ」
寂しげにそういった彼女は,少し目を伏せた。
その時俺は,彼女の目のまわりが赤く腫れていることに気がついた。
「・・・何かあったんですか?」
おそるおそる訊ねてみた。
「慰めてくれるの?優しいのね」
彼女は目の前のワイングラスに残っていた赤ワインを一気に飲み干し,
バーテンダーに「同じ物を,」と注文した。
「駅員さんも飲む?」
俺は黙って肯いた。
彼女は「2つね」とバーテンダーに付け加えた。
「駅員さんじゃおかしいわね。名前教えてもらってもいい?」
彼女が俺に微笑みかける。
それだけで,隣の彼女に聞こえるんじゃないかというほど俺の心臓は大きな音をたてる。
「フィリップ・・・」
俺は,できるだけ声のトーンを落として,動揺を悟られないように気を配った。
「私はミエット。よろしくね,フィリップ」
彼女の口から俺の名前が発音されると,再び鼓動が速くなる。
ちょうどそこに2杯のグラスワインが運ばれてきた。
「乾杯」
彼女はグラスの足を指で持って,軽く上げた。俺も真似をする。
「仕事でミスでもした?」
俺は,彼女の涙の訳を質問した。
彼女は黙って首を振る。
「じゃ,彼とケンカでも?」
「・・・そんなトコかしら」
2人の間に沈黙が訪れる。
彼女はグラスの半分ほどのワインを一気に飲んだ。
「フィリップ,お友達は放っておいていいの?」
「気にしないで。あなたの方が心配なんだ。」
彼女は驚いたようで,目を大きく見開いた。
口に出してから,俺は少し後悔した。
こんな台詞が出てくるのはアルコールのせいだろうか。
動揺を隠すため,ワインを一口飲んだ。
「俺で良かったら,話を聞くよ」
「ありがとう」
彼女は小さな声で言った。
「でも,ココじゃ話しにくいわ。出ましょうか。
フィリップ,このあと何か予定ある?」
どきん。心臓が大きく動く。
こんなコトで動揺するようでは,彼女にふさわしい男ではない。
俺は動揺を気づかれないように,慎重に返事をした。
「特に何も」
「そう。」
彼女はにっこりと微笑んだ。幾分かムリをしているようにも見えたが。
「じゃ,一晩私につきあってくれる?」
そう言うと,彼女はさっと席を立った。
俺は同僚達に「ペットの餌の時間だから」と適当な嘘をついて,
慌てて彼女の後を追った。

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- ambivalence - 

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